この本について書評を書こうと思ったのは内容が非常に良かったからに他ならない。本の帯には「マネジメントの世界にようこそ!」とあるが、よくあるマネジメントに関する教科書のように(というか、マネジメントに限らず退屈な教科書によく見られることだが)無味乾燥な解説が並んでいるのではない。ユーモア溢れる文体で笑いながら読めるのである。技術書なのに、まるで落語家が喋っているかのように私は感じた。
例えば Unicode に関する章(*)には次のような段落がある。
私は宣言する。もしあなたが21世紀において仕事しているプログラマであり、キャラクタ、キャラクタセット、エンコーディング、Unicodeの基本について知らないのであれば、私はあなたをひっ捕まえて、潜水艦で6ヶ月間のたまねぎ剥きの刑に処する。絶対そうするから。私はこれを読んだときゲラゲラと笑ってしまった。Unicodeに関する技術的な記事なのに、である。このように楽しい表現が本書の随所に見られ、Joel さんの文章力(人心掌握力)に感心するばっかりだ。私は日本語訳を読んでいるので、訳者の青木靖さんのユーモアセンスによる部分もあるかもしれないけど。
(*)「すべてのソフトウェア開発者が絶対確実に知っていなければならない Unicode とキャラクタセットに関する最低限のこと(良い訳なし!)」という章題からして面白い。
この本はLinuxのコマンドラインだとか、特定のプログラミング言語だとか、今流行の技術だとかについては解説しない。この本は、あなたがプログラムを作って売る会社で働く、またはそのような会社を経営するとして、どうすればビジネスとして成功するかを解説している。あなたがプログラマなら、古いクズコードを捨ててスクラッチから書き直したいと思ったことがあるだろう。ビジネスをする上で、それがいかに悪い戦略であるかを、プログラマなら誰でも納得できる理由とともに説明している。
私がお気に入りなのは「氷山の秘密、明らかに」という章だ。題名からは何の話だかまったく分からないが、つまりこういうことだ:プログラミング作業全体を氷山として見たとき、ユーザインターフェースに関する部分は水面に出ている10%程度でしかない。だから、UI以外の部分を作るのに全体のスケジュールの90%の時間がかかるのだ。そして「プログラマ以外の人々はこの事実を理解していない。(p.212)」
章題の面白さもさることながら、本文も筆者の体験を踏まえて非常にコミカルに書かれ、それでいて明日からさっそく役立ちそうな実践的な話になっている。顧客または非技術系マネージャがあなたのプログラムを見る時はUIしか見ないので、プロトタイプとして最初にほとんど完璧なUIを見せてしまうと、彼らはその時点でプログラムが完成していると思ってしまう。そして、残りの期間、「人々はあなたが何をしているのか分からず、何もしていないと思うのだ。(p.213)」
この本は次のような人におすすめする。
- 趣味ではなく、仕事でプログラムを書く人
- スケジュール管理をしたり、社長に進捗を報告する必要のある人
- 会社を成功させるためにソフトウェアの開発・販売戦略を考える人
仕様書が大切だ、というと、あの堅苦しい、バインダー数冊分もある分厚い仕様書を書くなんて御免だ!と思うかもしれない。その通り。本書でいう良い仕様書とは、可笑しく、学術論文のように堅苦しくなく、箇条書き・挿絵・チャート・表・空白をたくさん使い、画一的なテンプレートには従わないで書かれた、プログラムの機能仕様書である。仕様書はその製品に関わるプログラマ、品質保証の人、マーケティングの人、マネージャなどが読むための文書であり、プログラマでない彼らが読もうと思える文書にしなければならない。本書には明日から実践できる具体的なルールが詰まっている。
ここでは仕様書に関する本書の内容を紹介したが、スケジュール管理の方法、有能なプログラマを雇う方法、彼らを集中できるようにする方法ももちろん書かれている。ソフトウェアを作って売ることに関係がある方・または将来関係を持つだろう方には、強くこの本をおすすめする。ああ、どうして、私がソフトウェア工学を学んでいた大学院生のときにこの本を読まなかったのだろう。
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